TRACERYプロダクトマネージャーの haru です。
2025年5月29日(木)に開催された勉強会『BPStudy#213〜ビジネスアナリシスとDDD(ドメイン駆動設計)』の第2部では、パネルディスカッションが行われました。その時の様子をお伝えします(伝わりやすくする目的で、話の流れを一部再構成しています。)
ビジネスアナリシスとドメイン駆動開発の接点を探る
- その1: ビジネスアナリシスとDDDの位置づけ
- その2: ビジネスアナリシスをDDDに活用する
- その3: BABOKのエッセンシャル版の必要性
- その4: 生成AIとの向き合い方(本記事)
- その5: 開発者がビジネスに興味を持つには
- パネラー:
- 増田 亨(ますだ とおる) 氏:以下、増田
- (株)システム設計 代表取締役社長、「ドメイン駆動設計をはじめよう」翻訳者、「現場で役立つシステム設計の原則 〜変更を楽で安全にするオブジェクト指向の実践技法」著者
- 濱井 和夫 (はまい かずお) 氏:以下、濱井
- 塩田 宏治 (しおた こうじ) 氏:以下、塩田
- (株)クリエビジョン代表取締役社長、IIBA日本支部 理事
- 増田 亨(ますだ とおる) 氏:以下、増田
- モデレータ:
- 佐藤 治夫(さとう はるお) :以下、haru
- (株)ビープラウド代表取締役社長、この記事の筆者
- 佐藤 治夫(さとう はるお) :以下、haru
生成AIで変わるビジネスアナリシス。組織に求められる前提の明確化と構造理解
haru:生成AIについて、どのように考えていらっしゃるか伺いたいです。ビジネスアナリシスの立場として、塩田さん、いかがでしょうか。
塩田:生成AIの進化により、企画書の作成や要件定義、すなわち要求を整理し、要件として定義するなど、ビジネスアナリシスの領域の多くは、かなり自動化できるようになるとビジネスアナリシス・コミュニティでも考えられています。
こうした技術の進展によって、企業や組織に求められる役割も大きく変わろうとしています。
新たなプロダクトやビジネスを企画する際には、「自社の状況はこうである」「組織構造はこうなっている」といった組織固有の前提を明確にし、想定されるビジネスやシステムの選択肢が、自社にもたらすインパクトを具体的に見極める必要があります。
そのためには、組織として、現在どのようなビジネスに取り組み、どのようなシステムやアーキテクチャを採用し、それがどのように実装されているのかを継続的に把握・管理していく力が必要です。このような基盤の可視化と維持こそが、組織の判断力と実行力を支えるものになると考えられます。
つまり、個別のプロジェクトでビジネスアナリシスのタスクは自動化されていく領域が増えていくため、AIが自社のコンテキストに応じた適切な判断や指南を行うためには、組織のビジネスとシステムの基盤(アーキテクチャ)がどうなっているかをしっかり管理することが、企業にとって今後の重要な仕事になると、近年のビジネスアナリシス・コミュニティでも重要な論点として議論されています。
haru:上流プロセスはもちろん、プログラミングや設計にも生成AIが活用できるようになると、人は何を担うべきかという議論になりますね。
大きな泥団子を作る組織は、生成AIによってさらに大きな泥団子を作る
haru:ソフトウェア開発者の立場として、増田さん、いかがでしょうか。
増田: 作業レベルでいうと、生成AIを使うシーンは増えていくと思っています。
生成AIがさまざまなことに活用できることはすでに実証され、用途も多岐にわたりますが、本質的な部分は変わらないのではないかと考えています。
本質的な部分で何も変わらないと言っている意味は、たとえば、大きな泥団子*1を作っている組織は、生成AIを活用しても大きな泥団子を作り続けるのだろうな、とか。
SIerさんのビジネスモデルは大きくは変わらないと思います。それは、それなりのコストでリスクヘッジも含めて丸投げをしてもらい、その中で部分的に生成AIを使ったとしても、契約の規模や期間は根本的には変わらないからです。
これは生成AIが役に立たないとか使わないという意味ではなく、むしろますます多くの人が使うようになると思います。
しかし、ソフトウェア開発のビジネスモデルに関しては、人が介在して行われる以上、その本質はあまり変わらないという気がします。
濱井:私もそう思っていたのですけれど、実は意外に変化が早いかもしれないな、と感じています。
今の商用ビジネス開発、ビジネスシステム開発が全部置き換わるわけでは当然ないけれども、部分的にはかなり置き換わる、という未来が近いと感じていて、少しドキドキしていますね。
haru:生成AIの進化によって開発が容易になることで、ITシステムやソフトウェアの開発需要は今後さらに高まっていくと思うんですよね。
増田: はい。そこで、変わるのではないかと思っているのは、作らなくてもいいものまで作るようになってしまうということです。
コストの関係で、「いや、そんなことわざわざ作らないだろう」とか「作るといっても誰が予算を取ってくるのか」といっていたシステムや機能が、作られるようになって、それがもしかしたら地盤が変わる理由になるかもしれないですね。
濱井:それは確かにありそうですね。
増田: たとえば私がいま依頼を受けて開発をしているようなところの世界が何か急激に変わるかというと、それはあまり実感がないんですよね。
ただ、ジュニアの人にもウェブアプリケーションでアンケートシステムとか作れる、と考えると、ボコボコすごいものが増殖するのかもしれないな、と。
haru:以前は、そのジュニアの人に「これ作ってください」と依頼した時に、何日かかっても何もできていませんということが起こるリスクがあったのですが、生成AIを使えば今はありえないですよね。
中身はひどいかもしれないですけど、何かしら動くものは出来上がってくる。
増田: まさにそこで、私自身の観測範囲だと、動くものは作れるとか、動いたという情報は出てくるのだけれど、質はどうなのだ、ということなんですよね。
質がものすごく向上したとかいう話になると、少しは変わるかもしれない。今まで人間が作っていたものとは根本的に質が違うものが出来上がるのだとしたら。ただ、それはちょっと考えにくいですね。
大きな泥団子を作っていたところは、生成AIを使っても大きな泥団子を作り続けるだろうと。
目的の明確化、意思決定の領域が人の重要な役割
haru:ビジネスアナリシスとソフトウェア開発の両方の立場として、濱井さんはいかがでしょうか。
濱井:ビジネスアナリシスの立場から言えば、キックオフ資料の作成や各種ドキュメントの作成、あるいは市場調査のレポート化などにおいて、生成AIを活用することで工数が削減されたという活用例があります。
しかし、最終的な意思決定や方向性の判断といった、人間の意志を反映する部分はやはり残るよね、という議論が多いのではないかと思います。
haru:その組織らしさをいかに付加していくかが、上流工程における重要な役割ではないでしょうか。
濱井:開発の立場から言えば、優れた設計をコードに落とし込む部分については、自動化できる領域がかなり広がっています。しっかりとした設計者がいる会社は、大幅な省力化に成功するという時代が、近い将来に訪れるように思います。
haru:増田さんの話も踏まえると、人が的確な判断ができる組織は生成AIを活用してうまくいくし、そうでない組織はたとえ生成AIを使っても失敗するということですね。
人が的確な判断ができるためには、『何を目指し、なぜそれをやるのか』という目的意識が重要です。目的を明確にしないまま生成AIを使えば、AIがひたすら泥団子を大量生産するような未来が待っているかもしれません。
次回は、「開発者がビジネスに興味を持つには」というテーマで話が進みます。
*1:見た目だけ立派で中身のないコードや設計を指すたとえ。DDDにおいては、ドメイン知識の欠如、意味のないレイヤー構成、形骸化したモデルなどを揶揄する言葉として使われる。「泥団子」という言葉が使われる理由は、一見するときれいに見えるけれど、本質的には脆く、価値のないものを象徴するため。