TRACERY Lab.(トレラボ)

TRACERY開発チームが、要件定義を中心として、システム開発で役立つ考え方や手法を紹介します。

AI時代の基本リテラシー「モデリング」〜UMTPシン・モデリング宣言を読み解く

TRACERYプロダクトマネージャーの haru です。

Modeling Forum 2025(2025年11月26日(水)開催)の冒頭で、UMTP 会長の羽生田栄一氏から「UMTPシン・モデリング宣言」が公開されました*1

UMTPシン・モデリング宣言

Modeling Forum 2025の内容は、以下を参照してください。

tracery.jp

思考や創造のプロセスにAIが深く関与する時代となり、人は「どのように価値を生み出す存在なのか」をあらためて問われています。

UMTPシン・モデリング宣言は、その問いに対して、価値を生み出すための基盤としてモデリングを人の基本的なリテラシーとして再定義するという明確な立場を示しました。

本記事では、UMTPシン・モデリング宣言を読み解いていきます。

UMTPシン・モデリング宣言の全体像

UMTPシン・モデリング宣言を読み解くために、モデルで整理してみました。

UMTPシン・モデリング宣言で示された思想を、人・AI・モデル・プロダクトの関係として再構成した全体像

宣言は7つの項目から構成されていますが、それぞれが独立した主張ではなく、「人」「AI」「モデル」「プロダクト」が相互に関係する一つの全体像として捉えることができます。

以降では、この全体像を前提に、宣言の各項目を読み解いていきます。

人としての基本リテラシーを再定義する「よみ・かき・AI・モデリング」

1. 基本的リテラシー
これからの時代の基本的なリテラシーは「よみ・かき・AI・モデリング」である。

7. リベラルアーツとしてのモデリング
これからの時代の基本的なリテラシーのうち、「よみ・かき」はひとの気持ち・意図を理解し、自分のそれを言葉にできるという言語運用能力であり、各個人がビジョンを心にもつ際に重要となる。そのうえで、仲間や「AI」と対等に対話をしながらプロジェクトを進めていく。「モデリング」を通して、意図やビジョンと現実世界との擦り合わせを続けていく。モデリングはリテラシーの基礎であり、現実社会での基本作法(リベラルアーツ)である。

宣言の冒頭と結びに置かれているのが、「よみ・かき・AI・モデリング」という基本的リテラシーの提示です。

ここで語られているモデリングは、エンジニアやモデラーだけに求められる専門的な技能ではありません。

社会の中で他者やAIと対話し、物事を前に進めていくために、人として身につけるべき基礎的な能力として位置づけられています。

チームで考え、納得し、前に進むためのモデリング

2. 見える化と納得感
モデリングとは、自分たちの意図や目的(ビジョン)を明確にもちながら、対象領域がどのようになっているのかを検討できるように、見える化のための図解や模型化を行うことで、皆の納得感を醸成し同時にビジョンも修正され明確になっていく活動である。

3. 仮説検討とアジャイル
モデリングとは、現場の声、現実の観察にしたがって、創造的かつ批判的思考に基づいて、多様な視点から仮説に基づく思考・実験やテストを繰り返して、自分たちの目的に対して対象領域を適切に説明できるモデルをつくり、 実際のプロダクトに反映する実践である。作っては壊しが気軽にできるのがモデリングの醍醐味である。

4. モデルとは
モデルとは、関心 / 対象領域の構造やしくみを目的に応じて単純化・抽象化・形式化して表現した模型(図や数式や模造品)である。モデリング活動の際に、皆で参照し全体観やビジョンとのズレを確認したり、ビジョンにもとづく物語や仮説を表現したり、シミュレーションや予測を行ったり、相似や対立・対称性や矛盾・違和感を発見するために使うことができる。モデルの表し方は、対象の特性や活用の目的に応じて適切な表現形式を選択・案出して用いればよい。

UMTPシン・モデリング宣言で語られているモデリングは、「正しいモデルを作ること」を目的にしていません。

モデルは正解を示すための成果物ではなく、関係者が同じ対象を見て考え、納得しながら前に進むための道具として使われます。作っては壊し、問い直すことを前提とする姿勢に、アジャイルな思想が表れています。

仮説としてカタチにし、違和感を見つけ、更新するためのプロセスそのものが重視されています。

モデルは対話の中で育てていく存在といえます。

人がAIをリードするために必要なこと

5. AIをリードするモデリング
モデリングという活動とそこで用いるモデルの取り扱いは、デジタルやAIがインフラとなる時代において、すべての人々が生活や仕事の中で普通に使うスキルである。AIを活用して仕事を進める際には、対象領域に関する意図や目的意識を踏まえた大局観をモデルとして形作りながら、AIと対話したりAIの回答を吟味することが、人間が主体性をもってAIと共に共存する社会を進める上でも重要となる。

今日では、モデルの叩きそのものを AIに作ってもらうことは珍しくありません。

いま人に問われているのは、「AIの成果物を人がどのように評価し、修正し、否定できるか」という点です。

AIに問いを投げれば、それらしい答えが返ってくる時代だからこそ重要になるのは、「どのような前提でAIと対話しているのか」です。

モデルを持たずにAIと対話することは、地図を持たずにナビゲーションを任せるようなものです。

一方、モデルという地図を持っていれば、AIが示した経路を評価し、修正することができます。

重要なのは、どの目的で、どの範囲を、どの観点から捉えたモデルなのかという前提を、人が明確に持ち、AIに渡せているかどうかです。

モデルを持つことこそが、AIをリードするための条件だと言えるでしょう。

開発の現場で何が変わるのか。AI駆動モデルベース開発への進化

6. AI駆動モデルベース開発
プロダクト開発やエンジニアリングの分野においても、形式手法やモデルベース開発の技術と生成AIの技術はお互いに補い合いながら進化していくはずである。AIのもつ専門性・正確性・網羅性・反復生成能力と、モデリング技術のもつアーキテクチャ全体としての整合性・バランス・全体像を見やすいというメリットを組み合わせた開発が求められる。大規模ソフトウェアに対する生成コードの解釈・説明可能性要求・仕様とコードの対応を維持した介入可能性の実現を目指すことで、モデルベース開発と生成AI技術が融合し、AI駆動モデルベース開発に統合されていく。

UMTPシン・モデリング宣言は理念にとどまらず、プロダクト開発やエンジニアリングの将来像にも踏み込んでいます。

ここで示されているのは、AIがモデルやコードを生成して開発生産性を高めること自体を目的とするものではありません。

要求や仕様とコードの関係説明可能な形で保ち、人が適切に介入できる余地を残したままシステムを進化させるための方向性として、モデルベース開発とAIを統合した「AI駆動モデルベース開発」が提示されています。

生成AIのもつ生成能力網羅性と、モデルベース開発がもつ全体構造の見通しや整合性を組み合わせることで、システムのブラックボックス化を防ぎながら、変化に耐えうる開発を実現していくという思想が、この宣言の中で明確に打ち出されています。

最後に

Modeling Forum 2025のパネルディスカッションで「モデリングネイティブ」というキーワードが提示されました。

「◯◯ネイティブ」とは、何かを考えたり行動したりする際に、「◯◯」を特別なスキルや手段として意識することなく、思考や判断の前提として無意識に使っている人のことを指します。

モデリングネイティブとは、「よみ・かき・AI・モデリング」をリテラシーとして身につけ、考えるとき、話すとき、AIと対話するときに、無意識にモデルを介して物事を捉え、仮説として扱い、更新し続けられる人のあり方を指すといえるでしょう。

AIの活用があたり前となるこれからの時代、人には、世界を理解し方向づけるための「地図としてのモデル」を常に持ち、それをもとにAIと対話し、意思決定を主導していくことが求められます。

モデルとは単なる構造や図式ではなく、人が何を中心的な価値とし、どの未来を選び取ろうとしているのかという意志そのものが反映されたものです。

どこへ向かうのか、何を生み出したいのかという問いを引き受け、その前提をモデルとして持つことではじめて、AIを道具として活かし、持続的な価値創出へとつなげていくことができます。

それこそが、AI時代における人の役割です。

UMTPシン・モデリング宣言は、正しく理解して終わるためのものではありません。

重要なのは、自分なりのモデルを描いてみること、すなわちモデリングを実践することです。完成度の高い図を描く必要はありません。

むしろ、不完全なモデルでも共有し、対話の中で書き換えていくことに価値があります。

UMTPシン・モデリング宣言は、そのための共通言語と出発点を与えてくれるものとなるでしょう。

この記事を書いた人
haru

佐藤治夫。株式会社ビープラウド代表取締役社長。TRACERYのプロダクトマネージャー。エンジニアとして活動を始めて以来、モデリングを中心としたソフトウェアエンジニアリングを実践している。Xアカウント: https://x.com/haru860